満蒙開拓平和記念館


満蒙開拓平和記念館外観
所在地 〒395-0303 長野県阿智村711-10 地図
アクセス(車) 中央道飯田山本IC・園原ICから国道153号経由5分・15分
アクセス(公共交通) 飯田駅よりバス約30分「こまんば」バス停下車後、阿智村巡回バスに乗り換えるか徒歩で15分
または飯田駅からタクシー20分
入館可能時間 9時半〜16時
休館日 火曜日(祝日時は翌日)・第2/4水曜日・年末年始等
入場料 500円(小中高生300円)
Tel. 0265-43-5580
Web http://www.manmoukinenkan.com


こだわり情報



写真提供:満蒙開拓平和記念館

満蒙開拓平和記念館は、戦時に国策で旧満州に多くの日本人が渡り入植した「満蒙開拓」の資料を収集展示し、後世に伝える唯一の博物館として、当時全国最多の開拓民を送り出した長野県の南部に2013年に開館しました。

当時の映像・写真・手紙・資料や住居の模型で、入植から逃避行・集団自決・収容所の生活、そして中国残留孤児までの負の歴史を見ることができます。満蒙開拓に実際に加わった「語り部」の方々の手記とビデオメッセージ、また、来館者の感想も胸に迫ります。

戦時中の大陸からの強制連行などの企画展や、講演も行われています。
集団自決からただ一人生き残った語り部の方のすさまじい話を聞きましたが、最後に「戦争にはいいことは一つもない。今後ぜったいやってはいけない。」とおっしゃっていたのが頭から離れません。
記念館には、語り部達の証言記録台があり、零下40度の中での死の逃避行や、現地の中国人が暖かく助けてくれたことなども読むと、身に迫ります。

オープンの時から当初の見込みを越える来館者があり、満蒙開拓を知る中高年だけでなく家族連れも多く訪れています。

満蒙開拓って何?

満蒙開拓は、満州事変〜第二次世界大戦終戦までに、旧満州(中国東北部)の現地中国人から取り上げた土地に、30万人とも言われる日本人が入植した当時の国策です。中でも長野県は、県や教育会からの圧力や養蚕・製糸業の不況により、全国最多の3万3千人が移住しました。
貧しい農家の若者などが、「20町歩(ヘクタール)の地主になれる」などの国のスローガンに乗せされて大陸に渡り、厳しい自然の中での開墾や内部紛争などの末、敗戦とソ連軍の参戦によるシベリア抑留、想像を絶する徒歩と船による逃避行により、帰国できたのは開拓団の1/3と言われています。
逃避行の途中で子供や家族を失い、一部は中国残留孤児となり、引揚帰国できた方々も、荒れ地に居住させられ「引揚者村」となりました。引揚者村は、当時荒れ地だった軽井沢の浅間山麓の農地や、今はレタスの一大産地の川上村など、長野県内にも点在して、「満州開拓殉難之碑」などが残っているのが見られます。

近郊のおすすめスポット

  • 花&温泉:阿智村は、花桃の里として有名で、5月にハナモモが一本の枝から3色に美しく咲きます。
    国道153号を名古屋方面に南下した所にある平谷村の平谷温泉ひまわりの湯の周辺は、夏、一面のひまわり畑となります。
  • 桜:阿智村や飯田市の各地で、樹齢500〜800年の「駒つなぎの桜」など、桜の古木や「1本桜」が4月に咲き誇ります。
  • 温泉:近くに、昼神温泉郷・月岡温泉があります。
  • 博物館:隣の飯田市には、ユニークな施設で桜の名所でもある飯田市美術博物館があります。また、「人形の街」ならではの博物館など、川本喜八郎人形館のページもご覧下さい。
  • 直売所・レストラン:国道153号をさらに南下した根羽村に、ジビエ料理など村の特産品が買え、食べられるネバーランドがあります。

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